はじめに：一級魔法使い試験が映し出す魔法使いの多様性
『葬送のフリーレン』における「一級魔法使い選抜試験」は、単なる魔法使いたちの技量を測る場にとどまらず、物語の世界観、特に現代魔法の哲学、試験の過酷な現実、そして戦闘能力だけではない
「強さ」の多様な形態を浮き彫りにする重要な舞台です。
この試験に参加した数多くの魔法使いたちの中でも、エーデル、ブライ、ドゥンストから成る第17パーティーは、その短いながらも強烈な印象を残す登場によって、物語に深みを与える極めて重要な役割を担っています。
当記事では、この第17パーティーに焦点を当て、彼らの詳細なプロフィールから試験における各段階での活躍、そして物語全体への貢献に至るまでを多角的に分析します。
彼らは物語の主役ではありませんが、その存在は他の無数の魔法使いたちが直面する試練を凝縮して体現しています。彼らの辿った運命を深く考察することは、この試験編の持つテーマ性を理解する上で不可欠な鍵となるでしょう。
第17パーティーは、いわば物語における「基準点」であり、彼らの奮闘と結末は、主人公フリーレンたちの旅路に重要な物語的推進力とテーマ的な奥行きを与えているのです。
第１章：第17パーティーの肖像 ― 個性と専門性の探求
第17パーティーは、それぞれが異なる専門性と個性を持つメンバーで構成されており、その組み合わせが一つの効果的なチームとして機能していました。彼らの言葉遣いや魔法の特性、そして名前に至るまで、キャラクター造形に込められた意図を読み解くことで、このチームの本質に迫ります。
1.1：エーデル ― 精神魔法のスペシャリスト
第17パーティーの頭脳であり、その特異な能力でチームを牽引したのが二級魔法使いのエーデルです。声優は黒沢ともよさんが務めています。
彼女の最大の特徴は、若々しい外見とは裏腹に、一人称に「儂（わし）」を用い、「～じゃ」といった老成した独特の口調で話す点にあります。
この言葉遣いは、彼女の名前がドイツ語で「高貴な」を意味する「Edel」であることと相まって、単なる奇矯さではなく、彼女の魔法の本質に根差したものであることが示唆されます。
エーデルの一族は精神操作魔法を生業としており、彼女自身も大陸でも屈指の精神魔法の専門家とされています。彼女の魔法は、破壊的な力ではなく、知性と深い洞察に基づくものです。
その在り方は、あたかも長い年月を生きた賢者のようであり、彼女の老成したペルソナは、若さや勢いとは対極にある、精神魔法という分野の深遠さ、緻密さを体現するための物語的装置と言えるでしょう。
彼女は、力でねじ伏せるのではなく、相手の心を読み、解析し、制御することで道を切り開く、現代魔法の専門分化を象徴する存在です。
1.2：ブライ ― 沈黙の守護者
エーデルという頭脳を物理的に支え、パーティーの「盾」として機能したのが、スキンヘッドが特徴的な男性魔法使いのブライです。声優は高橋伸也さんが担当しています。
彼の名前「Blei」はドイツ語で「鉛」を意味しますが、作中で彼が鉛を操る魔法を使った描写はありません。アニメ版では、岩を投擲して攻撃する姿が描かれており、これは一見すると単純な物理攻撃魔法に見えます。
しかし、この魔法こそが、後にドゥンストとエーデルが語る「現代魔法」の理念、すなわち「無から物質を作り出すよりも、その場にある物質を操ったり変化させたりするほうが魔力の消費が少ない」という効率性を重視した思想を体現しています。
彼の名前「鉛」は、具体的な魔法の属性を示すのではなく、その役割を象徴するメタファーと解釈できます。
鉛が持つ「重く、密で、防護的」という性質は、派手さはないものの、エーデルのような専門家が能力を最大限に発揮するために不可欠な、堅固な防御と物理的な圧力を提供する彼の役割そのものを表しているのです。
彼はパーティーの揺るぎない「重し」であり、その寡黙さの裏には、仲間を守るという確固たる意志が秘められていました。
その意志が最も強く表れたのが、第二次試験においてドゥンストを逃がすために自らの命を賭して複製体の足止めをした自己犠牲の行動でした。
1.3：ドゥンスト ― 歴戦の観測者
立派な髭をたくわえた、経験豊富な魔法使いがドゥンストです。声優はこばたけまさふみさんが務めています。
彼の名前「Dunst」はドイツ語で「霞（かすみ）」や「靄（もや）」を意味します。
ブライ同様、彼もまた名前に直接関連する魔法を使う場面は見られません。しかし、彼の物語上の役割を考えると、この名前は非常に象徴的です。
ドゥンストの主な役割は、観測者であり、伝令です。
彼は第二次試験の混沌とした戦いの「霞」の中から生き延び、仲間たちの犠牲によって得られた極めて重要な情報をフリーレンたちに届けるという使命を果たしました。
彼は、現代魔法が迷宮戦闘に適していないという現状を的確に分析し、解説する役も担っており、その言葉はベテランならではの説得力を持ちます。
彼の名前は、戦いの混乱という「霞」の中から現れ、事態を打開する「明確な情報」をもたらすという、彼の物語上の機能そのものを象徴していると言えるでしょう。
彼は、失われた仲間たちの最後の発見と犠牲を、次なる者たちへと繋ぐ生きた遺産となったのです。
【表1：第17パーティー メンバー概要】
| 氏名 | 声優 | 等級 | 専門魔法・役割 |
| エーデル (Edel) | 黒沢ともよ | 二級魔法使い | 精神操作魔法 |
| ブライ (Blei) | 高橋伸也 | 不明 | 物理防御・援護 |
| ドゥンスト (Dunst) | こばたけまさふみ | 不明 | 経験豊富な観測者・伝令 |
第2章：試験の軌跡 ― 栄光、対峙、そして決断
第17パーティーの試験における道のりは、彼らの実力、直面した脅威、そして極限状況下での決断を克明に描き出しています。その軌跡を追うことで、一級魔法使い試験の過酷さと、そこに生きる魔法使いたちの矜持が見えてきます。
2.1：第1次試験「隕鉄鳥（シュティレ）捕獲」― 確かな実力の証明
一級魔法使い試験の第一次試験は、極めて捕獲困難な「隕鉄鳥（シュティレ）」を日没までに捕らえ、かつパーティーメンバー全員が揃っていることを合格条件とする過酷なものでした。
多くの受験者がこの課題に苦戦し、脱落していく中、第17パーティーはシュティレの捕獲に成功した数少ないパーティーの一つとして確認されています。
この成功は、彼らが単なる「やられ役」ではないことを明確に示しています。
シュティレは魔力をほとんど持たず探知が難しい上、魔力に非常に敏感であるため、捕獲には高度な追跡技術、緻密な戦略、そしてチームとしての連携が不可欠です。
彼らがこの難関を突破したという事実は、第17パーティーが非常に有能で、連携の取れた実力あるチームであったことの証明に他なりません。
この描写は、物語構成上の重要な「基準点」を設定する役割を果たしています。
まず、彼らを credible（信頼に足る）な競争相手として確立することで、試験全体のレベルの高さを読者に印象付けます。
そして、これほどの実力を持つパーティーが、続く第二次試験でいとも容易く、そして決定的に打ち破られるという展開が、より一層の衝撃と緊張感を生むのです。
弱いパーティーが敗退するのではなく、証明済みの実力者が圧倒されるからこそ、第二次試験の脅威が際立ち、残された主人公たちが直面する困難の大きさが浮き彫りになります。
2.2：第2次試験「零落の王墓」― 完全なる複製体との死闘
第一次試験を突破した彼らを待ち受けていたのは、ダンジョン「零落の王墓」と、その最深部に潜む「水鏡の悪魔（シュピーゲル）」が生み出す完璧な複製体でした。
第17パーティーは、運悪くも試験官である一級魔法使いゼンゼの複製体と遭遇してしまいます。
この戦闘において、エーデルの分析能力が光ります。彼女はゼンゼの複製体の攻撃を受け、現代魔法戦の常識を覆すその性質を即座に見抜きました。
現代の魔法戦では、防御魔法を破る方法は「質量でたたき壊すか、技術で掻い潜るか」の二つに大別されるのが常識でした。しかし、複製体の攻撃は、その両方を兼ね備えた、まさに規格外の脅威だったのです。
エーデルは自らの専門である精神操作魔法「跪け（ひざまずけ）」を試みますが、複製体には通用しません。
しかし、この失敗こそが決定的な発見に繋がりました。
彼女は攻撃を受けながら、複製体が
「心の働きを精密に模倣しているだけで、心そのものはない」
という本質を看破したのです。
フリーレンの旅が「心を知る」ことをテーマとするこの物語において、完璧な力と技術を持ちながら「心」を欠いた複製体の存在は、その対極に位置する究極の敵性存在と言えます。
勝利は不可能と悟ったエーデルは、即座に撤退を決断。瓶を割り、ゴーレムを召喚して自らは試験から脱落します。
そして、その意志を継いだブライが、ドゥンストを逃がすために命を賭して複製体の前に立ちはだかりました。
この一連の流れは、第17パーティーというチームの機能が見事に発揮された瞬間です。
エーデルの知性が極めて重要な「情報」を生み出し、ブライの守護者としての性質がその情報を未来へ繋ぐための「犠牲」となり、そしてドゥンストの不屈さがその「遺産」を運んだのです。
彼らの敗北は単なる退場ではなく、主人公たちの生存に不可欠な知識へと昇華された、意味のある物語的転換でした。
2.3：第3次試験 ― 残された者の結末
仲間たちの犠牲の上に第二次試験を生き延びたドゥンストでしたが、最終関門である第三次試験において、創始者ゼーリエから直々に「不合格」を言い渡されます。
この結末は、彼の旅路に対する痛切で現実的な締めくくりと言えます。
第三次試験は、生存能力や戦闘技術を問うものではなく、大魔法使いゼーリエによる極めて主観的な資質の審査でした。
ゼーリエが求めていたのは、魔法の未来を切り拓く革新的なビジョンを持つ魔法使いです。ドゥンストは、勇敢で有能な歴戦の魔法使いであり、いわば「現代魔法の堅実な現在」を象徴する人物でした。
しかし、ゼーリエが求める「パラダイムシフトを起こしうる未来」の担い手ではなかったのです。
彼の不合格は、第三次試験の秘儀的で難解な本質と、ゼーリエという存在の絶対性を改めて浮き彫りにしました。
第3章：戦いの幕間 ― オイサーストでの息吹と物語への貢献
試験の合間に見せる受験者たちの素顔は、物語に人間的な温かみを与えます。しかし、第17パーティーに関しては、そうした描写は意図的に抑制されています。その理由と、彼らが物語全体に残した影響について考察します。
3.1：魔法都市オイサーストでの束の間の休息
第一次試験と第二次試験の間には3日間の休息期間が設けられ、舞台は魔法都市オイサーストに移ります。
この期間、フリーレンやフェルン、シュタルクが他の主要な受験者たち（デンケン、ユーベル、ヴィアベルなど）と街中で交流する様子が描かれ、緊張感の中にも束の間の日常が垣間見えます。
しかし、原作およびアニメの描写を精査する限り、エーデル、ブライ、ドゥンストがオイサーストの街でどのように過ごしていたかを具体的に描いた場面は存在しません。
第一次試験を突破した6パーティー18名の中に彼らも含まれていたため、当然オイサーストに滞在し、他の受験者たちと同じように緊張感を抱えながら次の試験に備えていたことは想像に難くありません。
この「描写の不在」は、単なる省略ではなく、意図的な物語上の選択と考えられます。
第17パーティーの物語上の機能は、試験編の中で「基準点」および「触媒」として作用することに特化しています。彼らの私生活や個人的な背景を深く掘り下げることは、その凝縮された役割を希薄にしてしまう可能性があります。
彼らの物語は、試験の中での行動そのものであり、それ以外の描写を排することで、その役割はより純粋で強力なものとなります。
この選択により、彼らは『葬送のフリーレン』の世界に存在するであろう、名を残すことのなかった無数の魔法使いたちの象徴となります。長い旅路を共にする仲間ではなく、たった一度の重要な貢献によって歴史に爪痕を残した者たちの存在を、彼らは体現しているのです。
3.2：第17パーティーが残した爪痕
第17パーティーが物語に残した影響は、彼らの登場時間の短さに比して絶大です。
最も直接的かつ重要な貢献は、ドゥンストがもたらした「複製体には心がない」という情報です。
これは第二次試験における最大の戦略的ブレークスルーであり、この情報があったからこそ、フリーレンやフェルンをはじめとする残りの受験者たちは、打倒不可能に見えた敵に対する有効な攻略法を編み出すことができました。
彼らの犠牲は、文字通り他の受験者たちの命を救ったのです。
そして、彼らの物語は試験の終了と共に終わったわけではありません。特にエーデルの精神魔法の腕は高く評価されており、後日レルネンが、七崩賢マハトが作り出した「黄金郷」の内部調査協力を仰ぐために彼女を訪ねています。
そこでエーデルは、マハトに接近することで100年分もの記憶を読み取るという離れ業を成し遂げ、その情報をデンケンに受け渡すという重要な役割を果たしました。
この事実は、魔法使いの価値が、ゼーリエの評価や一級魔法使いという資格だけで決まるものではないことを力強く示しています。
エーデルの専門技術は、試験の合否という狭い基準を超えて、世界が直面する大きな謎を解き明かすために必要とされる普遍的な価値を持っていたのです。
第17パーティーは、その短い登場の中で、専門分化した強さ、情報の重要性、そして犠牲が持つ崇高な意味といった、物語の根幹を成すテーマを見事に描き切りました。
まとめ：刹那の輝きが物語るもの
エーデル、ブライ、ドゥンストから成る第17パーティーは、登場こそ短いものの、決して単なる脇役ではありません。
彼らは、物語の構造的な整合性、テーマ的な共鳴、そして感情的な重みを『葬送のフリーレン』という作品にもたらすために、緻密に設計されたユニットです。
彼らの存在は、フリーレンやヒンメルのような伝説の英雄たちの陰に存在する、語られることのない英雄たちの姿と、魔法の世界の厳然たる現実を象徴しています。
有能さ、戦略的洞察力、そして究極の自己犠牲が織りなす彼らの物語は、たとえ短く悲劇的な旅路であっても、世界に消えない足跡を残すことができるという証左です。
彼らの刹那の輝きは、物語という壮大なタペストリーをより豊かに彩り、真に魔法使いであることの意味を、我々に深く問いかけてくるのです。
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