はじめに:魂の眠る地を目指す、新たな旅路
勇者ヒンメルの死から20年以上が経過し、かつての仲間であった僧侶ハイターの死を看取った魔法使いフリーレンは、人間の命の短さと、彼らを知ろうとしなかった自らの過去を深く後悔します。
その悔恨から、彼女は新たな旅に出ることを決意します。
目的は、大陸の北端エンデに存在するとされる「魂の眠る地(オレオール)」。
そこは、死者の魂と対話ができると伝えられる伝説の場所であり、今は亡きヒンメルと再び言葉を交わすための、唯一の希望でした。
この旅は、かつて魔王を討伐した道のりを再び辿る、追憶の旅でもあります。しかし、その傍らには新たな仲間がいました。
ハイターの弟子である魔法使いフェルンと、戦士アイゼンの弟子であるシュタルクです。
フリーレンにとって、この旅は単なる感傷的な巡礼ではありません。
ドイツ語で「終わり」を意味する「エンデ(Ende)」を目指し、「天国」を意味する「ヒンメル(Himmel)」の名を持つ勇者に会うという旅路は、彼女が人間を知り、自らの感情と向き合うための、終わりのない始まりでもあったのです。
当記事では、ヒンメルの死から29年という節目に始まった、北側諸国における旅の前半部分に焦点を当て、一行が経験した出会いと別れ、そして成長の軌跡を詳細に記録します。
第1章:北側諸国・シュヴェア山脈 — 本物の勇者の在り方
原作登場箇所:3巻 第25話

シュヴェア山脈の険しい雪道を踏破したフリーレン一行が最初に訪れたのは、人里離れた「剣の里」でした。
この里は、80年前に勇者ヒンメルが「世界を滅ぼす災いを撃ち払う者」しか抜けないとされる伝説の「勇者の剣」を引き抜いた場所として、語り継がれていました。
一行がこの地を訪れた目的は、80年前にフリーレンが里と交わした約束、すなわち里の周辺に定期的に現れる魔物を討伐するという「役目」を果たすためでした。
シュタルクが魔物の群れを力強く一掃した後、一行は魔物の巣となっていた洞窟の奥で信じがたい光景を目にします。そこには、80年前にヒンメルが引き抜いたはずの勇者の剣が、今もなお台座に突き刺さったままだったのです。
ここでフリーレンは、長年秘められてきた真実を語り始めます。
80年前、ヒンメルはこの剣を抜けなかったのです。彼は伝説に選ばれた勇者ではなかった。しかし、彼は少しも落胆することなく、里長にこう告げました。
「いいじゃないか、偽物の勇者で。僕は魔王を倒して世界の平和を取り戻す。そうすれば偽物だろうが本物だろうが関係ない」と。
このエピソードは、『葬送のフリーレン』の物語全体を貫く重要なテーマを提示しています。
それは、英雄とは運命や伝説によって作られるのではなく、自らの意志と行動によって成し遂げられるものであるという、既成概念の解体です。
ヒンメルの真の強さは、伝説の剣ではなく、揺るぎない信念にありました。そして、80年もの間フリーレンに「役目」を託したことは、彼の深い洞察力を示しています。
彼は、いずれフリーレンが一人で過去を振り返る時が来ることを予見し、自らの記憶、それも「本物の勇者」としての真実の姿が刻まれたこの場所に、彼女が戻ってくる理由を作ったのです。それは魔物討伐という名目を超えた、未来のフリーレンへの、時を超えた贈り物でした。
第2章:北側諸国・アペティート地方 — 戦士へ贈る不器用な愛情
原作登場箇所:3巻 第26話

剣の里を後にした一行は、アペティート地方の街で休息を取ります。
その最中、フリーレンが何気なく「今日はシュタルクの18歳の誕生日だから」と告げたことから、ささやかな誕生祝いが始まります。
しかし、シュタルクの反応は複雑でした。戦士の村で生まれ、強すぎる兄シュトルツと比較され、実の父から「失敗作」と蔑まれて育った彼は、これまで一度も誕生日プレゼントをもらったことがなく、自分は誰からも愛されていなかったのだと思い込んでいたのです。
フェルンがプレゼント選びに悩む一方、フリーレンは宿の厨房を借りて「馬鹿みたいにでかいハンバーグ」を焼き上げます。驚くシュタルクに、フリーレンは師であるアイゼンから教わった風習について語り始めます。
アイゼンの故郷では、懸命に努力した戦士を労う贈り物として、特大のハンバーグを振る舞う習わしがあるというのです。それは、言葉にせずとも相手への敬意と愛情を示す、戦士ならではの不器用な祝福でした。
その言葉は、シュタルクの心の奥底に眠っていた記憶を呼び覚まします。かつて、厳格な父の目を盗み、「親父たちには内緒だぜ」と笑いながら、兄シュトルツが自分のためにハンバーグを焼いてくれた日のことを。
師アイゼンと兄シュトルツ。
シュタルクの人生における二人の偉大な戦士は、言葉ではなく、同じ一つの行動を通じて、彼への深い愛情と信頼を伝えていたのです。
彼はこの日、初めて自分が孤独ではなかったこと、そして不器用な愛情にずっと包まれていたことに気づき、涙ながらにハンバーグを頬張るのでした。このエピソードは、言葉にされない想いの尊さと、それが世代を超えて受け継がれていく様を温かく描き出しています。
第3章:北側諸国・アルト森林 — 破戒僧との出会いと旅の選択
原作登場箇所:3巻 第27話

アペティート地方を抜け、アルト森林に差し掛かった一行は、奇妙な男と出会います。
底なし沼にはまり、身動きが取れなくなっていたその男こそ、後に一行の旅に大きな影響を与える僧侶ザインでした。彼はフリーレンをして「天性の才」と言わしめるほどの高度な治癒魔法の使い手でありながら、酒、タバコ、ギャンブルをこよなく愛する「破戒僧」という、型破りな人物でした。
フリーレンは、ザインの類稀なる才能と、それを村に埋もれさせている彼の現状にかつての自分の姿を重ね、執拗に旅へと誘います。
ザインには、かつて冒険者になるという夢がありました。親友である「戦士ゴリラ」と共に旅立つ約束を交わしながらも、自分を男手一つで育ててくれた兄への負い目から、その一歩を踏み出せずにいたのです。
10年もの間、後悔の念に苛まれていたザインでしたが、フリーレンの言葉と、彼の本心を誰よりも理解していた兄からの力強い叱咤を受け、ついに旅立ちを決意します。
ザインの旅の目的は、行方知れずとなった親友を探すこと。フリーレン一行とは目指す場所が異なるため、あくまで「途中まで」の同行です。
しかし、彼の仲間入りは物語の構成上、極めて重要な意味を持っていました。
これまで魔法使い二人と戦士一人という構成だったパーティに、初めて専門のヒーラーが加わったのです。そして、彼の存在がなければ乗り越えられない試練が、このすぐ先に待ち受けていることを、一行はまだ知りませんでした。
ザインの登場は、後悔を乗り越えるという物語のテーマを補強すると同時に、来るべき危機に対する巧妙な伏線でもあったのです。
第4章:北側諸国・ラート地方とバンデ森林 — 久遠の愛情を宿す指輪
原作登場箇所:4巻 第29話(ラート地方)、4巻 第30話(バンデ森林)

アルト森林を越え、ラート地方の街に立ち寄った一行は、フェルンの18歳の誕生日を祝います。
ここでシュタルクは、自らの想いを託すかのように、「鏡蓮華」の意匠が施されたブレスレットを彼女に贈りました。
この「鏡蓮華」というモチーフが、続くバンデ森林での出来事で、物語の核心に触れる重要な鍵となります。

バンデ森林を馬車で移動中、一行は空飛ぶ魔物の襲撃を受けます。その混乱のさなか、フリーレンは大切にしていた指輪を失くしてしまいます。それは80年前、ヒンメルから贈られたものでした。
一行が指輪を探す中、ザインがこの地方に伝わる鏡蓮華の花言葉を口にします。それは「久遠の愛情」。恋人に贈るものとして知られている、と。
その言葉は、フリーレンの脳裏に80年前の光景を鮮やかに蘇らせました。
ある討伐依頼の報酬として、ヒンメルからアクセサリーを贈られた日。魔法にしか興味のないフリーレンは、露店に並ぶ品々から適当に指輪を指差します。
しかし、それが鏡蓮華のデザインだと気づいた瞬間、ヒンメルの表情は真剣なものに変わりました。彼はフリーレンの前に静かにひざまずくと、まるで愛を誓うかのように、その指輪を彼女の左手の薬指にはめたのです。
何十年もの間、フリーレンはその行為の意味を全く理解していませんでした。しかし、ザインの言葉によって、点と点がつながります。
ヒンメルが自分に寄せていた、言葉にされなかった深い愛情の存在に、彼女は初めて気づいたのです。
この瞬間、フリーレンの旅の目的は、新たな次元を帯びることになります。ヒンメルを「知る」ための旅は、彼が遺した愛情を「理解する」ための旅へと、その意味を深化させたのです。
失くした装飾品を探す魔法で無事に見つけ出された指輪は、もはや単なる思い出の品ではなく、彼女がこれから向き合っていくべき「久遠の愛情」の象徴となりました。
第5章:北側諸国・ラオブ丘陵 — 眠りの呪いと僧侶の天賦
原作登場箇所:4巻 第31話

バンデ森林を抜けた一行は、ラオブ丘陵の村に到着します。しかし、村は静寂に包まれていました。村人全員が、まるで死んだように深い眠りに落ちていたのです。
原因は、森に巣食う魔物「混沌花」が放つ強力な呪いでした。
この魔物は、呪いで獲物を眠らせた後、その魔力を吸い尽くして殺すという厄介な性質を持っていました。さらに、その葉は鏡のように魔法を反射するため、フリーレンやフェルンの魔法による遠距離攻撃は通用しません。
絶体絶命の状況で、一行の希望となったのがザインでした。
フリーレンによれば、僧侶は女神様の加護により、呪いに対して極めて高い耐性を持っています。ザインは混沌花の呪いの影響をほとんど受けず、その呪いの種類と発生源を正確に特定します。彼の導きによって、一行は混沌花の本体へとたどり着き、見事討伐に成功するのでした。
このエピソードは、ザインがパーティに加わった必然性を明確に示すための、重要な試金石でした。もし彼がいなければ、一行は村の異変に気づくことすらできず、全滅していた可能性すらあります。
アルト森林での出会いが単なる偶然ではなく、この先の旅路に不可欠なものであったことを証明したのです。それは、個々の力がどれだけ強大であっても、仲間との協力やそれぞれの専門性を活かすことなしに困難は乗り越えられないという、パーティでの冒険の基本原則を改めて浮き彫りにしました。
第6章:北側諸国・要塞都市フォーリヒ — 英雄の代役と初めての舞踏会
原作登場箇所:4巻 第32話以降

ラオブ丘陵を後にし、一行は魔法都市オイサーストへの中継地点である「要塞都市フォーリヒ」に到着します。ここで一行は、この地の領主オルデン卿から奇妙な依頼を受けることになります。
オルデン卿の長男であり、街の英雄であったヴィルトは、先日の魔族との大規模な戦闘で命を落としていました。しかし、兵の士気を保つため、その死は極秘にされています。
シュタルクの容姿が、その亡きヴィルトに瓜二つだったことから、オルデン卿は彼に息子の代役を依頼したのです。その最終目的は、3ヶ月後に開かれる社交会に出席し、ヴィルトの健在を諸侯に示すことでした。
高額な報酬と魔導書に釣られたフリーレンに促され、シュタルクは英雄の代役という大役を引き受けます。
彼はオルデン卿の元で、貴族としての作法や剣技、そして舞踏会で踊るワルツの厳しい特訓に明け暮れることになりました。自らを臆病者だと思い込んできたシュタルクにとって、英雄を演じる日々は、自らの内面と向き合う過酷な試練でした。
そして迎えた社交会当日。見違えるほど洗練された立ち居振る舞いを見せるシュタルクは、正装したフェルンの手を取り、優雅にダンスフロアへと誘います。
原作ではわずか一コマで描かれたこのシーンは、アニメでは華麗で長尺なダンスシーンとして描かれ、二人の関係性の進展を象徴する名場面となりました。普段の口喧嘩ばかりの関係とは違う、慣れない環境で互いを支え合う二人の間には、確かな絆と淡い恋心が芽生えていました。
このフォーリヒでの滞在は、シュタルクに英雄としての責任と覚悟を疑似体験させ、同時にフェルンとの距離を大きく縮める、忘れられない期間となったのです。
まとめ:仲間との絆を深める旅路
勇者ヒンメルの死から29年目に始まった北側諸国での旅路は、フリーレン一行にとって、まさに成長と発見の連続でした。
剣の里で「本物の勇者」の意味を問い直し、アペティート地方で「不器用な愛情」の温かさに触れ、そしてバンデ森林でヒンメルが遺した「久遠の愛情」に気づきました。
僧侶ザインとの出会いは、パーティに新たな力をもたらし、ラオブ丘陵での危機を救いました。そして、要塞都市フォーリヒでの経験は、シュタルクとフェルンの関係を新たなステージへと進めました。
一つ一つの出来事が、彼らの絆を深め、フリーレンに人間という存在の複雑さと愛おしさを教えていきました。
魂の眠る地(オレオール)への道はまだ長く険しいものですが、この旅で得た経験と仲間との記憶は、彼女たちが未来へ進むための、かけがえのない道標となることでしょう。
旅の軌跡:ヒンメルの死から29年後の行程概要
物語の主軸となるフリーレン一行の旅路の中でも、特に重要な転換点となった勇者ヒンメルの死から29年後の足跡を、以下の表にまとめました。各目的地での出来事と、原作における登場箇所を一覧で示します。
| 旅の行程 | 主な出来事 | 原作登場箇所 |
| 北側諸国・シュヴェア山脈 | 剣の里訪問、山の主討伐。ヒンメルと勇者の剣の真実。 | 3巻 第25話 |
| 北側諸国・アペティート地方 | シュタルクの18歳の誕生日。巨大ハンバーグと兄の思い出。 | 3巻 第26話 |
| 北側諸国・アルト森林 | 僧侶ザインとの出会いと仲間への加入。 | 3巻 第27話 |
| 北側諸国・ラート地方 | フェルンの18歳の誕生日。鏡蓮華のブレスレット。 | 4巻 第29話 |
| 北側諸国・バンデ森林 | 空飛ぶ魔物との戦闘と、鏡蓮華の指輪を巡る追憶。 | 4巻 第30話 |
| 北側諸国・ラオブ丘陵 | 混沌花の呪いを解き、討伐。 | 4巻 第31話 |
| 北側諸国・要塞都市フォーリヒ | オルデン卿の依頼。英雄の代役と舞踏会でのダンス。 | 4巻 第32話~ |



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